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お盆の蓮田 [故郷]

昨日は旧盆の入,いつものとおり,青森市の我が家の墓参,その後,郷里の祖父母の墓参りをしました。

郷里に向かう途中,蓮田があり,ここで青森市内ではあまり目にしない花を求めて蓮田を一巡りします。

今年は蓮の時期がもう過ぎたのか,あまり良い花が見られません。
花の後
カミさんが好きだと言うので,一本いただいてきました。
蜂巣.JPG

コウホネ
たくさん咲いていました。鮮やかな黄色(少しオレンジがかっています。)
コウホネ1.JPGコウホネ2.JPG

ホテイアオイ(ミズアオイか?)
金魚鉢に浮かべるような水草です。今年は花が少ないようです。
ホテイアオイ2.JPGホテイアオイ1.JPG

この蓮田に立ち寄る主な目的は,オモダカ(沢潟)の白い小さな花を見るためです。
今年はなかなか見えません。蓮田をぐるり一巡りしてやっと見つけました。
しかし,距離があり,急な勾配があり,下りるにしては滑り落ちる危険性があって,やむなく小さな写真になってしまいました。遠見でも可憐な花。
オモダカ.JPG


例年よりも涼しいお盆の入,京都にいる息子がお盆を前に帰っていきました。
離れている親の体を気にしていたようでした。
早く体の回復をと願っています。

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旧盆2016.8.13 [故郷]

2016.8.13,今日は旧盆です。
8月13日には,平日,休日を問わず,①我が家の墓参り,②父祖の地である生まれ故郷の墓参り,③亡き弟の墓参りを毎年欠かさず続けています。

朝8時に自宅を出発し,青森市内山手にある我が家の墓地に墓参し,そのあと35キロほど離れた生まれ故郷の祖父母,叔母,叔父の眠る墓地に墓参,そして五所川原市の亡き弟に墓参します。
今日はカンカン照り,暑い中のドライブでした。

青森市から生まれ故郷に向かう途中,田んぼに水を張った蓮田があります。
通るのがお昼近いため,蓮は開ききっており,開花すぐの花ではありませんが,お盆の墓参時には必ず立ち寄ることにしています。

目当ての一つは,オモダカの白い花ですが,今年は見えませんでした。もう花の時期は過ぎたのか?

まず,コウホネの黄色い花,葉の陰に隠れて姿はイマイチです。

コウホネ.JPG

蓮  仏壇にも飾ります。花弁が落ちたジョロのような姿も風情があります。

蓮1.JPG蓮2.JPG蓮3.JPG

青紫の外来植物ホテイアオイ(布袋葵)が,蓮田の至る所に勢力を広げています。

ホテイアオイ2.JPGホテイアオイ1.JPG


蓮田を一巡りしてもオモダカは見えません。
時期が遅かったのでしょう。

きょうは,暑い時間帯の墓参でした。明日の日曜は自宅内の避暑にしましょう。


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故郷・旧友2015.12.19 [故郷]

寒波が来たとはいえ,少しの寒さだけで雪はありません。ホッとした週末です。

二十数年ぶりの旧友が郷里に帰ってきました。
おばさんの遺した住宅に収まって,関係者一同胸をなでおろしています。

郷里
青森駅から,JR奥羽線,五能線経由で郷里に向かいました。
初めて快速「リゾートしらかみ」を利用しました。テレビの旅番組で紹介されているので知ってはいましたが初体験でした。

しらかみ1.JPGしらかみ2.JPGしらかみ3.JPG

座席も広く快適,シーズンオフなので乗客が少ないのが難点です。
いつも車なので,鉄道で郷里に降り立つのは40年ぶりくらいかもしれません。年寄になりました。

私が中学校卒業まで過ごした町は,当時人口2万りんごの産地で,国鉄の駅は近在のリンゴの出荷でにぎわっていました。
今回,駅に降り立つと,駅員2名,売店や立ち蕎麦もない小さな駅になっていました。
時間があるので懐かしい町の大通りを歩いてみましたが,懐かしい店は残っているものの通りに人が見えません。

旧友
郷里の全国チェーンの居酒屋で歓迎会を開きました。
中学・高校の同級生など四名でささやかな会になりました。
六七歳と六八歳,それぞれ年をとりましたが,顔を合わすと40年以上の前のことが昨日のことのようによみがえります。
一人暮らしの旧友に,midoriさんから教えていただいたアイリッシュ・ウィスキーをクリスマスプレゼントにしました。

かなり酔った旧友は,当時のマドンナに送ってもらったようです。

小生は,何やら安心し,帰りの列車で眠っておりました。





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故郷の花 [故郷]

今日は仕事の合間を縫って,私の故郷に出かけました。
旧友が行方知れず。その旧友の財産管理の一環で友のお姉さんと出かけました。

お盆の墓参りの折に必ず車を止める蓮田のほとり,蓮は葉もつぼみもまだですが,コウホネのまぶしい黄色の花の咲き始めでした。

コウホネ.JPG

蓮の葉も花もまだですが,水連が開いていました。朝開き昼過ぎに閉じるかな。

水連.JPG

友人がおばさんから相続した建物の裏庭に,主を待つかのようにアヤメの時期を迎えています。

あやめ.JPG

白いハコベの仲間か。名前がわかりません。友のおばさんが植えたものでしょう。清楚でつつましい。

ハコベの仲間.JPG

郷里の守護神「岩木山」は,残念ながら雲に覆われていました。
そろそろ,岩木山の花も気になります。




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ふるさと [故郷]

ふるさとで中学の同級生と会い,尽きない思い出を語り,小,中学校のアルバムを借りました。
クラスの子は,辛うじて思い出すことができました。

そして,わが町,北津軽郡板柳町のふるさとセンターは,りんごをテーマにした記念館あり,温泉有り,宿泊コテージもある憩いの場所です。

早生のりんごが花を咲かせていました。名前の知らない英語の品種でしたが,少し紅の差した大きな花。
これから,園内は花であふれるでしょう。

りんごの花1.JPG
りんごの花2.JPG


建物の奥に故郷からの岩木山が霞んでいました。
ふるさとセンターと岩木山.JPG



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郷里 [故郷]

晴天の朝,中学校まで過ごした郷里に出かけました。

着いてすぐ,住んでいた近くの岩木川の土手から岩木山を望むと,つい1週間前まで白一色だった頂上のすぐ下に,横に黒い線が走っています。
おそらく,頂上真下の岩が現れたものでしょう。
岩木山2012.4.21.JPG


岩木山も春,間もなく岩木山に出かけられるような季節になりました。

昔,走り回っていた町は,車で通ると,ちっぽけなものでした。
しかし,50年前の懐かしい家並みは残っていました。

旧友の90歳になるおばさんの遺言のお手伝いが今日の目的,故郷の山と懐かしい家並みが余禄でした。
納得できる遺言に,相談にのった小生も満足できる一日でした。



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クラスメイト [故郷]

まぶしい陽の光で目が覚めました。
いよいよ春の光か?と思わせる太陽が出ていました。
二十数年ぶりで,10度を超える日のない3月か?というニュースが流れましたが,今日は10度を超えそうです。

3月の仕事も明日1日,月曜からは,仕事に直結する,⑴登録免許税の実質値上げ,⑵オンライン控除の減額,⑶不動産評価額の見直し,等々登記申請に直接影響するため,注意を要します。慎重第一でやります。

昨日は,故郷から中学時代のクラスメイトが青森に来るというので法務局で待ち合わせました。
2人とも64歳,体型も顔の形も髪の量も変わりました。
地元で保護司をしている林檎農家の奥さまは,昔同様活発に活躍しているようです。

高校入試を控えた半年位,入試の勉強会をやるので参加しないかとお誘いがありました。
男女合わせて6,7人が夜の2,3時間勉強するというものでしたが,遊び6割,勉強4割程度だったか?定かではありません。
その主催者です。いつも,お目付け役のお婆さんが目を光らせておりました。

小生は家族の写真を見てもらい,地元の駅まで車で送ることにし,車中何10年前の懐かしい思い出を語り合いました。

昔の友人はいつ会っても懐かしく,瞬時に50年昔に遡ります。
林檎の花の咲く頃,岩木山をバックにした花の写真に出かける約束をし,遠く故郷を離れて闘病の床についている友の回復を共に祈りました。


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お盆 [故郷]

8月13日。月遅れのお盆,朝8時に自宅を出て,八甲田霊園の我が家の墓参り,そして板柳の祖父母の
墓参り,最後に五所川原の弟の墓参り。
この10年毎年同じように墓参を続けてきたが,昨年,今年と暑さがすさまじい。

八甲田霊園を出発し,五所川原市前田野目から板柳に向かうと間もなく左手に蓮の咲く池がある。
蓮の群生の一角に沢潟(オモダカ)の3弁の白い花があった。棟方志功の愛した花だ。
ひょっとすると,クワイかもしれないが,非才の小生には区別がつかない。
沢潟の花.jpg
葉は鍬の形で子供のころから,田圃のそばにあったので知っているが,花ははじめて見た。

蓮は,お盆にぴったりの花である。お墓に供えるお菓子や果物,赤飯や煮しめなどを蓮の葉にのせる風習
もある。
蓮.jpg


墓参を済ませると岩木山が姿を見せていた。
青森からの姿は小さいが,郷里からの岩木山は大きく聳えている。
子供の頃,夏は毎日のように川遊びをした場所,幡龍橋のたもとからの岩木山。
少し霞んでいる。
岩木山.jpg


菩提寺では,毎年この時季に灯篭流しを主催しているが,岩木川の水不足で今年は中止らしい。
暑さと水不足,農家に打撃がなければよいが。


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おじのこと [故郷]

私には,昭和3年生まれのおじがいる。
おじは,昭和15年ころ,いわゆる「満蒙青少年開拓義勇軍」として,旧満州に渡った。

おじは,郷里の同年代の何人かと一緒に満州に渡ったのだが,あるとき,学校で,板柳町小幡出身で
満州で活躍している「工藤忠」という人の講演会があり,若者の大陸での活躍を訴えたというのである。
この人の話に打たれて満州に渡ったらしい。

ところで,「工藤忠」氏は,本名「鉄三郎」といい,樺太(サハリン)から凍結した間宮海峡を徒歩で
越えて大陸に渡ったのだという。その後,馬賊となり(おじの話),清王朝最後の皇帝「溥儀」の侍従長
になった人である(「溥儀の忠臣・工藤忠(忘れられた日本人の満州国)」朝日選書)。

おじが満州に渡るころは,工藤忠は,板柳町の英雄だったに違いない。
ラストエンペラー溥儀は,日本陸軍による傀儡だったのだが,工藤忠は,日本帰国後も溥儀に忠節を
尽くしたらしい。ちなみに,忠は,溥儀に賜った名である。

おじは,戦後,日本に帰り,下北半島の原生林の開拓農となった。
離農する人の土地を引き受け,現在は,肉牛の繁殖,高冷地野菜,長いもなど,大規模に開拓農業を
成功させ,長男が引き継いでいる。
かつて,満州に青雲の志を向けた気概がそうさせたのかもしれない。
私にとっては,尊敬できるおじである。

朝日選書を読み,小学校5,6年の頃を思い出した。
確か,学校のグラウンドの一角に,工藤忠の功績を讃える石碑が建てられたのではなかったか。
何分小学校時代のこと,50年も前である。千葉にいる工藤忠氏も板柳に帰省したはず。
と,古いことを思いながら,かつての小・中学校の跡地を訪ねると,確かに立派な石碑が建っていた。

昭和34年12月建立とある。


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岩木山 [故郷]

朝から晴れ,今日は弘前市に住むsayuさんのお見舞い。
肝臓を悪くし入院中だ。公務員生活の初めからのお付き合いである。
3歳年長で,兄貴のように面倒を見てもらった。今年の暑さで参っている。
何度も何度も握手をしておいとました。早く回復すればよいが。

青森から弘前に向かう途中は,岩木山は山頂にふわっと雲を被っていた。
入院先の病院を出,帰りは岩木川の土手に抜けると,岩木山が山頂まできれいに
見えている。このような姿は,なかなかお目にかかれない。少し引き返し「富士見橋」
のたもとで写真を2枚

最初は,70mmで
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次におよそ50㎜で
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このまま青森にトンボ帰りするには惜しい。このような岩木山はめったにない。
郷里,板柳からの岩木山の姿を見てみたい。
板柳の岩木川の土手を走った。子供の頃遊んだ場所,広い土地だったような記憶だが,
こんなに狭かったか。

りんご畑から岩木山を望む
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青りんご
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まだ色づいていない。「ふじ」だろう。夏の暑さの連続で品質低下が心配されている。

今日も暑いが,昨日よりは1,2度気温は下がった。もう少し下がれば申し分ない。sayuさんのためにも。